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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)144号 判決

大阪市平野区加美鞍作1丁目6番19号

原告

アイコム株式会社

同代表者代表取締役

井上徳造

同訴訟代理人弁理士

杉本勝徳

杉本巌

東京都港区芝浦4丁目16番36号

被告

アイコムシステム工業株式会社

同代表者代表取締役

村上重幸

同訴訟代理人弁護士

赤井文彌

船崎隆夫

清水保彦

小林茂和

舟久保賢一

宮﨑万壽夫

渡邊洋

岡崎秀也

主文

特許庁が平成3年審判第25283号事件について平成7年4月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、指定商をを平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第11類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具、電気材料」として、「ICOM SYSTEM IND.」の欧文字と「アイコムシステム工業」の文字を2段に横書きしてなる商標(昭和59年12月17日登録出願、平成元年1月23日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であるが、原告は、平成3年12月27日、本件商標の登録を無効とする旨の審判を請求をしたところ、特許庁は、この請求を平成3年審判第25283号事件として審理した結果、平成7年4月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月8日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点(本件訴訟に関係しない部分を除く。)

(1)  本件商標は、前記のとおりの構成からなり、前記商品を指定商品とし、昭和59年12月17日に登録出願され、平成元年1月23日に登録されたものである。

(2)  これに対し、登録第912916号商標(以下「引用商標」という。)は、「ICOM」の欧文字を横書きしてなり、指定商品を第11類「電気機械器具、電気通信機械器具、その他本類に属する商品」として、昭和44年6月19日登録出願、昭和46年7月29日商標登録、昭和56年8月31日及び平成3年10月29日の2回に渡り、商標権存続期間の更新登録がなされているものである。

(3)  そこで、本件商標と引用商標との類否について検討する。

ア まず、称呼についてみるに、

(ア) 本件商標は、その文字を構成する上段の文字全体から、当該文字に相応して、「アイコムシステムインダストリー」及び下段の文字全体から、当該文字に相応して、「アイコムシステムコウギョウ」の称呼を生ずるものである。

更に、それぞれの文字中「工業」及び当該「IND.」の各文字は、業種を表示するものとして、商号中に一般に採択・使用されているものであるから、簡易迅速を旨とする取引の実際においては、「IND.」及び「工業」の部分を省略し、これを除いた構成文字から生ずる称呼をもって取引に資する場合も少なくないと認められ、「ICOM SYSTEM」及び「アイコムシステム」の各文字に相応して、「アイコムシステム」の称呼をも生ずるというのが相当である。

(イ) しかしながら、「IND.」及び「工業」の文字部分を除いた「ICOM SYSTEM」及び、「アイコムシステム」の各文字は、同じ書体、同じ大きさをもって外観上まとまりがよく、一体的に表現されており、かつ、これより生ずる「アイコムシステム」の称呼も格別冗長というべきものでなく、無理なく一連に称呼し得るものであるから、たとえ、「SYSTEM」及び「システム」の各文字が、請求人(原告)の主張するように、商品の品質を表示するものとして、あるいは企業の商号等として使用されているとしても、「ICOM SYSTEM IND.」、「アイコムシステム工業」の文字からなる構成中の「ICOM SYSTEM」、「アイコムシステム」にっいては、「SYSTEM」及び「システム」の文字が、前記のように直ちに商品の品質を表示するものとして理解されることなく、「ICOM SYSTEM」及び「アイコムシステム」の構成全体をもって一体不可分のものとして認識、把握されるものとみるのが相当である。

(ウ) 更に、本件商標あるいはその構成中の「ICOM SYSTEM」及び「アイコムシステム」の文字部分から、これを「ICOM」及び「アイコム」の文字部分のみが独立して認識されるべき特別な事情、例えば、「ICOM」あるいは「アイコム」の文字が、本件商標あるいはその略語である「ICOM SYSTEM」及び「アイコムシステム」の略称として、取引者・需要者の間に広く認識されているという事情も見い出しえない。

(エ) してみれば、本件商標から、「アイコムシステムインダストリー」、「アイコムシステムコウギョウ」、「アイコムシステム」の称呼のみが生ずるものである。

(オ) 他方、引用商標は、その構成文字に相応して、「アイコム」の称呼を生ずるものと認められる。

(カ) そこで、本件商標から生ずる「アイコムシステムインダストリー」、「アイコムシステムコウギョウ」及び「アイコムシステム」の称呼と、引用商標から生ずる「アイコム」の称呼とを比較するに、両者は、後半部において、「システムインダストリー」、「システムコウギョウ」又は「システム」の音の有無により明瞭に区別し得るものであるから、互いに紛れるおそれはない。

イ 次に、両商標の構成については、前記のとおり、本件商標が、欧文字を13文字、片仮名文字を8文字、漢字を2文字とするのに対し、引用商標が、欧文字を4文字とするという差を有するから、外観において明確に区別され、互いに紛れるおそれはない。

ウ 更に、観念については、引用商標は特定の語義を有しない造語と認められるから、この点について、本件商標と比較すべくもない。

エ してみれば、本件商標と引用商標とは、その称呼、外観及び観念のいずれの点においても類似しないものといわなければならない。

(4)  したがって、本件商標は、商標法4条1項11号に該当するものではないから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)、(3)ア(ア)は認め、その余は争う。

審決は、本件商標から生じる称呼の認定を誤った結果、本件商標と引用商標とは類似しないと誤って判断したものであり、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  本件商標について、「IND.」及び「工業」の文字部分からは称呼が生じないことは審決認定のとおりであるが、更に、本件商標のうち、「SYSTEM」及び「システム」の文字部分についても、商品の品質を表示するものであって、商標としての識別力がなく、称呼を生じないものである。

また、複数の単語よりなる商標の称呼については、その単語を結合させるべき特段の理由のない限り、全体を一連不可分の一語として把握すべきではなく、それぞれの単語のうち、要部となるべき単語からの称呼が生ずるものというべきである。特に、本件商標においては、「ICOM」と「SYSTEM」との間が一語分空けられている。

そして、「ICOM」ないし「アイコム」は、オリジナリティの高い完全な造語であり、極めて識別力の高い部分である。

したがって、本件商標の要部は、「ICOM」及び「アイコム」にあり、本件商標は、「ICOM」と略され、「アイコム」と略称されるというべきである。

(2)  引用商標から生じる称呼は「アイコム」である。

(3)  その結果、本件商標は、称呼において、引用商標と類似することになるから、本件商標は商標法4条1項11号に違反し、その登録は無効となるべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

請求の原因1及び2の事実は認めるが、同3は争う。

審決の認定判断は正当である。

1  本件商標は、上段に欧文字「ICOM SYSTEM IND.」、下段に「アイコムシステム工業」を配した構成である。

したがって、本件商標は、上段欧文字から「アイコムシステムインダストリー」の称呼が生じ(「IND.」は、欧文字INDUSTRYの省略形として、我が国において周知の英語である。)。また、下段からは「アイコムシステムコウギョウ」の称呼が生じる。

2  また、被告の商号は「アイコムシステム工業株式会社」であり、その要部である「アイコムシステム工業」の部分が、そのまま本件商標において表現されている。このことは、本件商標に接する一般取引者、需要者に容易に理解される。

3  本件商標は、「IND.」及び「工業」の文字部分を除外して称呼されるものではなく、また、「SYSTEM」及び「システム」の文字部分を除外して称呼されるものでもない。

すなわち、本件商標は、前記1のとおり被告の商号に由来する構成によるものである。このような商号(名称)の商標への一般的採択傾向あるいは商標の商号への変化傾向、指定商品との関係等よりすれば、本件商標のような構成の商標にあっては、「ICOM」「アイコム」、「SYSTEM」「システム」、「IND.」「工業」の各部分が、そのいずれかのみで、なお当該名称を特定すべき略称(商号商標)としての機能を発揮しえるものと解すべき特段の事情もない。

また、本件商標は、少なくとも、「アイコム」と「システム」の両語の組合わせによって、初めて当該名称を特定しうる略称(商号商標)としての機能を発揮しうるものである。簡易迅速を尊ぶ取引界の実情に照らし、仮に「IND.」「工業」の部分が省略されることがあったとしても、「ICOM SYSTEM IND.」「アイコムシステム工業」の商号商標を更に「SYSTEM」「システム」を略し、「ICOM」「アイコム」部分のみを捉えて「アイコム」と一般に略することは到底ありえないことである。

しかも、本件商標の片仮名部分「アイコムシステム」は、同書・同大・同間隔で一連に配した構成になっている。

したがって、本件商標から「アイコム」の称呼が生じるとする原告の主張は、本件商標の構成及び商号商標の性質、特徴を無視するものであり、到底肯定できるものではない。

4  一方、引用商標の称呼としては、「イコム」又は「アイコム」が生じる。

5  以上のとおり、本件商標の称呼は、「アイコムシステムインダストリー」「アイコムシステムコウギョウ」であり、仮に、本件商標に略称が生じるとしても、「アイコムシステム」であるが、引用商標の称呼は「イコム」又は「アイコム」であるから、両者は称呼において類似しない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1及び2の各事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、審決の認定判断のうち、本件商標及び引用商標の各構成とその指定商品、各登録出願と登録の年月日、引用商標の更新登録の年月日についても当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  前記第1のとおり当事者間に争いのない本件商標の構成からみるならば、本件商標は、「ICOM」「SYSTEM」「IND.」の各語及び「アイコム」「システム」「工業」の各語を結合したものであることが明らかである。

そして、そのうち、「IND.」(これが、英語のINDUSTRY(インダストリー、「工業」の意味)を省略したものとして一般に使用されていることは、当裁判所に顕著である。)及び「工業」は、商号ないし商標等を構成する文字中において、業種を示すものとして一般に広く使用されているところであり(この事実も当裁判所に顕著である。)、そのため、本件商標中における「IND.」「工業」の文字部分は、自他商品について格別の識別機能を有するものではないというべきである。

また、「SYSTEM」「システム」についても、それが、部品ないし装置の機能的な組合わせ等を意味する用語として、本件商標及び引用商標の指定商品の分野において一般に使用されていることも当裁判所に顕著な事実である上、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第14号証によると、電子機器関連の業界において、商号中に「システム」の語を含む会社が多数存在していることが認められることをも考慮するならば、上記「SYSTEM」「システム」の文字部分も、自他商品を識別するための機能を有するものではないと認めるのが相当である。

一方、「ICOM」「アイコム」については、弁論の全趣旨によると、それが造語であることが認められることからするならば、この部分が、本件商標中において識別力を有する文字部分であるというべきである。

更に、上記の各事実をも考慮の上、本件商標の構成をみると、下段においては「アイコムシステム工業」と同間隔で一連に表されているものの、上段においては、「ICOM SYSTEM IND.」と、「ICOM」、「SYSTEM」、「IND.」の各欧文字が間隔を置いて配置されており、本件商標の全体をみるならば、その構成部分をなす上記の文字同士の一体的な結付きは弱く、常に構成全体ないしは「アイコムシステム」、「ICOM SYSTEM」の部分が不可分のものとして認識されるとはいえない。

2  そうすると、取引者、需要者が通常払うべき注意力を基準に本件商標をみた場合、審決における認定判断のとおり、本件商標の全体もしくはそのうちの「ICOM SYSTEM」、「アイコムシステム」の部分から、「アイコムシステムインダストリー」「アイコムシステムコウギョウ」ないしは「アイコムシステム」の称呼が生じうるとしても、簡易、迅速を尊ぶ取引の実際において、本来自他商品の識別機能を有しない文字部分を省略し、本件商標中の「ICOM」、「アイコム」部分に注目して、「アイコム」と称呼されることがあるものというべきである。

したがって、本件商標からは、上記のとおり「アイコムシステムインダストリー」「アイコムシステムコウギョウ」、「アイコムシステム」のほか、「アイコム」の称呼も生じるものと認めるのが相当である。

3  なお、原本の存在とその成立に争いのない甲第15、第16、第20号証、成立に争いのない甲第18、第19号証及び証人中澤哲也の証言によると、本件商標は昭和63年9月13日に登録査定がなされたものであるが、それ以前に被告により作成、頒布された被告の「会社案内」中においては、「社名の『アイコム』は」、「社名をその合成『ICOM』と命名しました。」、「アイコムに足を踏み入れた。」等の記載があること、また、その「会社案内」の一部のものには、被告を示す標章として、「ICOM」の欧文字部分をデザイン化し、ほぼ半円状の図形と組み合わせたものが表示されており、また、これを矩形状の図形内に表した標章については、被告により平成4年9月30日に商標登録出願(平成4年第280003号)がなされ、平成7年11月6日に出願公告(平成7年第118859号)がなされていることも認められるのであり、これらの事実からみるならぼ、被告自身も、被告の商号は「アイコム」と略称されるものであり、被告の商号商標である本件商標から「アイコム」の称呼が生じることを認識していたものというべきである。

4  これに対し、被告は、本件商標が商号商標としての性質、特徴を有するものであるから、単に「アイコム」と略称されるようなことはありえないと主張する。

しかしながら、本件商標が商号商標としての性質、特徴を有するとしても、前記1、2における事実からみて、本件商標に接する取引者、需要者が、それを「アイコム」と略称することがないものと認めることはできず、原告の上記主張は失当である。

5  引用商標から「アイコム」の称呼が生じることについては当事者間に争いがない(請求の原因3(2)、請求の原因に対する認否及び主張4)。

6  以上によれば、本願商標と引用商標は、いずれも「アイコム」の称呼が生じ、その点において一致するものであるから、類似の商標というべきであり、また、前記第1のとおり両者の指定商品も一致するところである。

したがって、両商標を類似しないとした審決の認定判断は誤りというべきであり、審決は違法として取消しを免れない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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